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広島高等裁判所 昭和51年(う)136号 判決

本店の所在地

広島県安芸郡海田町海田市一、七〇七番地

法人の名称

株式会社松田商店

右代表者代表取締役

松田要

本籍並びに住居

広島県安芸郡海田町海田市一、二六二番地

会社役員

松田萬亀雄

大正二年三月一五日生

右両名に対する法人税法違反各被告事件について、昭和五一年三月一八日広島地方裁判所が言い渡した有罪の判決に対し、被告人株式会社松田商店代表取締役松田要及び被告人松田萬亀雄からそれぞれ適法な控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人内堀正治作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、広島高等検察庁検察官検事稲垣久一郎作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して当裁判所は次のとおり判断する。

所論は原判決の量刑を非難し、犯情に照らし被告人株式会社松田商店(以下被告人会社という。)に対しては罰金額の減額を、被告人松田萬亀雄に対しては罰金刑に処せられるよう求めるというにある。

そこで記録を調査して所論の当否について検討するに、本件の事実関係は原判決の認定判示するとおりであって、製材及び製品の売買等を営業内容とする被告人会社の取締役として、同社の業務全般を統轄し、事実上その経営に当っていた被告人松田萬亀雄が、同社の収益が予想以上に多額であったため、発注会社である東洋工業株式会社に対する営業対策と法人税を免れる目的で、被告人会社総務部長上田都史夫と共謀して、昭和四七年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度において、架空の経費を公表帳簿に計上する不正手段により、所得金額が二億三、四八〇万五、一二二円で、これに対する法人税額が八、四二二万六、〇〇〇円であるにもかかわらず、所轄税務署長に対し、所得金額が一億六、七二一万六、三七六円で、これに対する法人税額が五、九三八万七、〇〇〇円である旨の法人税確定申告書を提出して、二、四八三万九、〇〇〇円の法人税を免れ、昭和四八年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度において、期末の棚卸商品を公表帳簿から除外し、架空の経費を公表帳簿に計上するなどの不正手段により、所得金額が四億五、五六八万一、五四五円で、これに対する法人税額が一億六、三六四万一、五〇〇円であるにもかかわらず、所轄税務署長に対し、所得金額が三億八、八〇八万三、〇五〇円で、これに対する法人税額が一億三、八七九万九、二〇〇円である旨の法人税確定申告書を提出して、二、四八四万二、三〇〇円の法人税を免れたという事案である。このような本件各犯罪の性質、動機、態様、脱税金額などに照らすと、被告人らの責任は軽視することはできず、本件各犯行の動機、態様、いわゆる脱税率、本件が発覚した後の被告人松田萬亀雄らの態度、同被告人には前科はないことなど所論が指摘する諸点を被告人らのため十分有利に斟酌してみても、被告人会社を罰金一、〇〇〇万円(求刑罰金一、二〇〇万円)に処し、被告人松田萬亀雄を懲役六月(求刑懲役一〇月)に処したうえ二年間その刑の執行を猶予した原判決の量刑はやむを得ないところであり、重きに失して不当であるとは考えられず、本件が被告人松田萬亀雄に対し罰金刑をもって臨むべき事案とは認められない。論旨は理由がない。

よって刑事訴訟法第三九六条により本件各控訴を棄却し、主文のとおり判決する。

検事 稲垣久一郎 公判出席

(裁判長裁判官 宮脇辰雄 裁判官 野曽原秀尚 裁判官 岡田勝一郎)

昭和五一年(う)第一三六号

控訴趣意書

被告人 株式会社松田商店

同 松田萬亀雄

右被告人らに対する法人税法違反被告事件につき控訴の趣意を左のとおり陳述する。

一、原判決の量刑不当であり破棄せらるべきものと思料する。

原判決は被告人松田(以下単に被告人という)に対する法人税法違反事件につき執行猶予付であるが懲役刑を被告会社につき罰金一、〇〇〇万円に処しているが、右量刑は以下の情状に照らすと著しく不当であり被告人については罰金刑、被告会社についても罰金額はより少額であるべきと思料する。

二、本件犯行の態様は軽微である。

被告人は取引先と通謀して架空仕入れを立てる等して当該事業年度の所得を過少申告したものであるが重要なことはこのような事は脱税犯の特質であるということである。一般の事件と対比した場合は積極的な手口を使っており巧妙ということになるが、脱税犯においては必ずこのような手口が随伴しているのである。特に青色申告の場合は帳簿記載を要求されており専門の税務官庁の調査を受けるということからそのような必然性を持ってくるのである。

そこで大切なことは通常の起訴された脱税事犯を対象にその手口を対比してみる必要があるが、この種の他の事件は概ね頭初から計画的に当該事業年度の全期間を通じ架空仕入、売上げ脱漏経費の水増等の手段を取りまぜて併用し行っているものが多く、本件のように一回限りの架空仕入れを立てることによって行うような事案は少く脱税事案の手口としては幼稚とさえ云えるのである。

昭和四八年度期においても「たな卸」の一部除外という手段を一回のみ使っており前述のように色んな手段を併用したものと対比すると情状軽微である。

三、本件動機は脱税を主目的としたものでなく、従って脱漏所得を永久に隠匿しようとしたものではない。一般の脱税犯が脱税そのものを主目的としているのに対し、本件は東洋工業株式会社に対する営業政策目的からなされたもので従って脱漏所得を永久に隠匿しようとしたものでない。即ち被告会社は東洋工業に製品を納入することを主目的とする業者であるが、同社は各年度の公表決算書により納入単価を決定している。たまたま昭和四七年度は木材が好況であったことから東洋工業への納品ということより木材好況のため利益が上ったが、そのまま決算すると納品価格を下げられる可能性がありもともと納入製品で儲けていた訳でないのにその価格を下げられると木材不況が到来するとたちまち困ることになるが、さりとて東洋工業が直ちに価格の改訂をしてくれることは困難であるので、同社に対する営業政策から四七年度の公表利益を減少させようとして架空仕入れを立てたのであり脱税を主目的としたものではない。激甚な社会競争の内で右の情状を考えると大いに同情をすべきものがある。

従って被告人はさしあたり四七年度の公表利益の減少を企てたものであって、その脱漏所得を永久に隠匿しようとしたものではない。

之を昭和四七年度のキリン木材との架空仕入れについてみると、一般の脱税犯においては相手方(キリン木材に該当)と領収証その他のワンセットを交換し且つ相手方が負担すべき税額も交付してその年度内において架空仕入れ一切の始末を遂げその所得を永久に隠匿するに対し、被告人は四八年度において対応する実際の仕入れを行い、その売上げも計上しているのであるから最終的には脱税を目的としていない。被告人は之を「在庫の調整」と思っていたのであるが、脱税を構成することは止むを得ないとしても情状としては重大である。云いかえると昭和四七年度の始末を昭和四八年度においてつけているのである。

また昭和四八年度の「たな卸」除外も同様であって、この手段を使った場合は一時的には資産が減少したかに見えるが終局的には之に対応する売上脱漏をしなければ却って利益が上って所得を隠匿することはできず、唯目前の当該事業年度の決算利益を過少にするがいずれ「つけ」が廻ってくるのであるのに被告人らはその売上脱漏をしていない。その理由は被告人らは四七年度において架空仕入れを立てたが、前記のように四八年度において実際にその仕入れを実行しその仕入れを立てていないので仕入れがなく売上げのみ存在し表面上の利益が莫大となったので「たな卸」除外の方法により公表利益の減少を企てたのであるが、被告人らにおいて所得の永久隠匿を企ていないので「たな卸」除外に対応する売上脱漏はしておらず、いずれ四九年度以降において清算すべき運命にあったものである。

以上のような永久的に所得を隠匿する意思がないのに敢えて本件を犯したのは結局は東洋工業に対する営業政策であり脱税を主目的としていなかったからである。

なお「たな卸」除外に関連して伐材費等の架空計上があるが、之はいずれかの事業年度では当然経費として計上すべきものであり「たな卸」と不可分であるので之を独立の情状と見るのは当らない。

本項に関連し他の脱税犯と比較して特異な情状として被告人は脱漏所得を私物化しておらないのである。

五、所謂「脱税率」についても犯情軽微である。裁判所に顕著な如く、脱税犯については実際には国税局の告発を待って起訴しているのであるがその要素の一に脱税率がある。それは脱税率の僅かな捕脱は枚挙にいとまがないからである。本件の脱税率について検察官は「脱税率としては高くない」と評価論告されている。それは告発事犯を基準としての評価であるとしても、やはり一方において多額の申告をしていることも十分考慮すべきことである。

六、本件について恭順で貫いていること。

本件が発覚して以来、被告人らは代表取締役を含め一貫して恭順の意を表し調査、捜査に協力し進んで修正申告をしている。このことは他の事犯でもそうであるが、特に脱税犯の如く複雑な取調を要する事犯について情状として重視すべきである。

七、以上の如く本件は一般の刑事訴追を受けた脱税犯に比し格段の注目すべき情状がある。

特に被告人には前科なく、本件も終局的な所得隠匿を計ったものでなく、また本件は経理の実質上の責任者である総務部長上田都史夫が立案遂行し被告人は同意を与えたに過ぎない事情を考えると罰金刑が相当であり、被告会社についても一、〇〇〇万円の罰金額は重きに過ぎると思料し控訴に及んだものである。

以上

昭和五一年七月二日

右被告人弁護人 内堀正治

広島高等裁判所第一部 御中

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